いっぱいある。
ドリフの全員集合の「志村、うしろー!」とか。
ウグイス嬢の「○野△斎が最後のお願いに参りました」とか。
テレビの「特別に許可を得て撮影しています」というクレーム防止とか。
社長の「私だって寝ないで頑張ってるんです」という醜態を釈明会見でしてしまうとか。
客商売で体調が優れないとか「きょうはちょっと鼻声でして」とか通用しない。
そして、客商売でウチがどんなひととなりかなんて、別にどうだっていいこと。
おひさしぶりのasamiです。
関西村が町村合併で住民票の転記をしないといけないらしく、戻ってまいりました。

ところどころ、ブログの筆者自身による、同性愛についての言及があります。読まれる方の個人の思想を尊重します。お読みにならないでください。

ウチの性癖がおかしくて、同性愛について寛容というか、自分自身がそうかもしれないなんて、本気で考えた事なんてなかった。
去年のある時期、悩みに悩んだ。
セクシャリティを指摘されるのと自覚するのと、そのセクシャリティを認めるのは全く違って。LGBTについての知識を得る中で、「その性癖、ゲイじゃないの?」と指摘を受けて初めて意識するようになったのだけど、最初は「それとは違う」と思ってて。時は流れゆっくりとそれを許容するようになった。完全なゲイとまではいかなくても、バイセクシャルなんだと。
そして、中途半端に悩んだ挙句、ブログからさらに遠ざかってしまったのだった。悩むだけでなく、行動に移さないと実際が分からないと思ったために、色々とした。(詳しく書くと引くから、やめときます)
やっぱり親戚のおばちゃんや母や、ブログや働き先でお会いした方々や、映画の小林聡美とか高橋みどりとか佐藤雅彦とかクラフトエヴィングとか、クウネルのおとぎさや暮しの手帖を創刊した想いや、意思のあるアノニマスな品々。夜明け前の空や、凛とした空気や、そういったのがやっぱり好きなんだと。その判断基準は極めて曖昧で、性差は無いと思っていること。中性でありたいと考えている。
かと言って、アンニュイな時もあれば、スポーツするときは確実に男だと分かるし、酔っぱらえばオカマに見られたことがある。一定しないのを一定なasamiというものにしたい。
そして、このブログがちゃんとした一定さを保つときに、ウチのセクシャリティは関係しない。同性愛についての記述に毛嫌いする人もいるだろうから、これ以上書くつもりもない。
去年、心中を吐露したくて、ブログを立ち上げたことがある。結局は日常のこととか書きたくなって、ここを再びやろうとか思ったけど、今度はセクシャリティを隠し通す自信が無くなっていた。日常生活は隠しているのに。
自分がどうありたいのか、輪郭が浮かんできたような気がしたんだけど、それを具現化するのはこれからの話。
この記事を読んで不愉快に思ってしまった方、申し訳ありません。虚構を書いてるように思ったかもしれませんが、事実です。
で、こんな記事を書いたからって、これからもいつものように朝焼けがきれかったとか、ドジ踏んだとか、フードマイレージがどうだとか、フードマイレージの話は書かないとしても、なんら変わりなく続いていきますので、読み逃げで結構です、ご贔屓の程を。
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